2014年9月21日 東京新聞

東京シェアハウス物語 シングルシニア編@
見守られている安心感

 夏草の茂みにしゃがむと、湿度を含んだ地面の熱気に息が詰まりそうになる。午前中から気温は30度近い。茎先に薄紫の花を咲かすアガパンサスや愛らしい白萩など、見事な植栽を雑草が押しのける勢いだ。
 「いつもは出てくるのにね」。植栽を手入れする活動に毎回加わる城島康子さん(七八)の顔が見えない。参加者は気に掛けながら作業を進めた。
 東京都多摩市の「コレクティブハウス聖蹟」。多摩川の支流、大栗川の岸辺近くの二階建てに三十代から七十代まで二十世帯が暮らす。それぞれが各住戸で暮らすのは普通のマンションと同じだが、キッチン、ダイニング、テラスなど共有の広い空間がある。多世代の交流を大切にするシェアライフ。それがここのうたい文句だ。
 植栽の手入れは、月一度の「みどりの活動日」の一環。施設管理を通じて居住者のつながりをはぐくむ狙いで、都合の付く人が自主参加する。高い木の刈り込み、朽ちそうな土留めの板の補修まで、業者を呼ばずに自分たちでやる。
 真上から照る七月の日差しは容赦ない。住人の矢田浩明さん(42)は作業の手を止めて、携帯電話に出た。隣に一人で住む城島さんからだった。「ちょっと来てもらえますか」。矢田さんは2階の部屋に急いだ。優れない顔色で座卓に座り込む姿が目に入った。「救急車を呼ばないと」
 運ばれた病院で点滴を受けた。医師からは「自宅で静養を」と念を押された城島さん。この日は朝から体が重かった。「夏ばてかな。あまり水も飲んでなかったから」。救急車に乗ったのは初めて。回復したものの「年取ると何が起きるか分からないものね」と自分に言い聞かせた。
 テレビの前に座卓があり、壁の振り子時計が昔と変わらず時を刻む。長年連れ添った家具に固まれた50u、1LDKの一人住まい。でも、もしもの時は電話一本で駆け付けてくれる隣人たちがいる。「若い世代と暮らしを共にしていなかったらどうなっていたか…。皆さんに助けられた」。ここに越して三年。入居を決心して本当に良かった。そんな思いがこみ上げてきた。

 他人同士が一つ屋根の下で暮らし、悩みなども分かち合うシェアハウス。住人の日常に寄り添う連載の第三部「シングルシニア編」では、若い世代と交流する中で、刺激を受けながら自立した生活を目指す高齢女性の心模様をつづる。
2014年9月21日 東京新聞



東京シェアハウス物語 シングルシニア編A
若い世代と交流わくわく

 キッチンのカウンターに皿が20枚以上並んだ。大型換気扇のスイッチが押され、排気ダクトがうなる。多世代が交流する東京都多摩市のコレクティブハウス聖蹟で、みんなで取る夕食の準備が始まった。
 二日に一度ほどは住人が交代で調理を担い、好みのレシピで腕をふるう。この日はシングルシニア城島康子さん(78)の当番だ。「ダイコンどうするの」「全部おろしちゃいましょう」。年下の男性住人の言葉に、うなずく。メニューはサバの塩焼きとサラダ、舞茸の炊き込みご飯。エプロン姿の城島さんは、サラダのレタスをトングでつまみ、手際良く分けていく。
 コモンルームと呼ぶ共用のダイニングに、住人が続々と集まってきた。「舞茸のいい香り!」。笑顔が食車を囲み、にぎやかなおしゃべりで夕食の時間はあっという間に過ぎた。
 「ここに来て何が変わったって、そりゃあ食事。一人の時は冷蔵庫にあるもので済ませてたから」。特に若い世代が調理当番の時、城島さんはわくわくする。タコライス、シンガポールチキンライス…。初めての味は刺激になるからだ。
 思えば、こんな暮らしがしたくて移り住んだようなものだった。40年連れ添った夫は9年前に病気で亡くなり、大阪府高槻市の一戸建てで一人暮らしだった。都内に住む長男が心配して呼び寄せたが、手狭な住宅で同居は難しい。最初は高齢者向けマンションを探した。「でも右も左もお年寄りばかりという生活はどうだろう」。世話を受けるだけの暮らしは物足りない。
 高槻時代は活動的なシニアだった。還暦を過ぎて外国人に日本語を教えるボランティアグループをつくった。「できる範囲で役立ちたい」。 そんな生き方を東京でも貫きたい。コレクティブハウス聖蹟を見学に訪れた2011年秋、他人同士で世代もさまざまな住人が、家族のように触れ合う姿がまぶしく見えた。「飛び込んでみよう。軽いノリで決めちゃった」
 ハウスの前を流れる大栗川を伝う風が涼を運ぶ。横に座る1歳3カ月の女の子が「にゃーにゃ」と抱っこをせがんできた。ここでの最年少と最年長。世代を超えた交流は心を満たす。ただ、良好なシェアライフを続けるには話し合いも必要だ。城島さんの苦手な会議が近づいていた。
2014年9月22日 東京新聞



東京シェアハウス物語 シングルシニア編B
すてきな生活 自分で作る

 一階のコモンルーム(共用のダイニング)に大人が十六人、まじめな面持ちで向かい合って座っている。夕食どきのような、子どもたちのはしゃぎ声はない。月に一度、週末の朝に開かれる会議が始まった。
 「ヨガ教室を再開したい」「居住者のみんなに呼び掛けて、近所の知り合いにも声を掛けたい」
 居住者組合の定例会は、東京都多摩市で多世代の住人が交流するコレクティブハウス聖蹟で、自主運営の要となる会議だ。普段気になることについて互いの意見に耳を傾け、心地よい暮らしを続けるル1ルづくりに反映させる。
 「では次」。シングルシニアの城島康子さん(七八)に順番が回ってきた。「この前、敷地の通路を知らない人が犬の散歩で通っていたのが気になりました」。ゆっくりだが、はっきりと言葉をつないだ。
 毎回緊張する。若い人には若い人には見当違いと思われることをいっているのではないか、と。「人前で意見を言うのが苦手でね」。ここに住み、自立とはどういうことか分かり始めた。「年寄りは『してもらう立場』になるのが当たり前と思っちゃう」。体が動く内は受け身な生き方に染まりたくはない。
 コレクティブハウス聖蹟は5年前にオープン。7月半ば、5周年を祝うパーティーは居住者の「ありがとう」の発声で始まった。テーブルには屋上菜園で収穫Lたばかりの野菜のサラダや、庭のユスラウメの赤いジャムなどが彩りよく並ぶ。城島さんも楽しげに周りの入と会話を交わした。
 「ここに住みたいと思っているんです」。見学に来ていた女性(67)が近づいてきた。都内で一人暮らし、翻訳の仕事をしているという。「どうぞ私の部屋を案内するわ」。シニア同士、会話が弾んだ。ちょうどピアノとフルートの合奏が始まり、手拍子が起きた。「自分たちで暮らしを作るってすてきですね」。女性は目を輝かせた。
 城島さんは地域活動も積極的に開拓中だ。月二回、近くの小学校で、かるたやお茶など日本伝統の遊びをして子供たちと一時間過ごす。「まだまだ引っ込んでいられない」。自分らしく生きるため、シェアハウスに背中を押してもらっている。
おわり(担当:栗原淳)
2014年9月23日 東京新聞



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